悲心


 

笑うが良い。蔑めば良い。
我れの真の願いなど知らぬ者達よ、戦を好む者達よ。
貪るのはそなたらがもたらす欲だけか?
よくよくその石となった目を凝らし、下々を見よ。
もっとも、下々と蔑むそなたらこそが、蔑まされるべきものかもしれぬ。
戦を続けることこそが、そなたらの生きる定めと思うておるのか?

ああ、天下万民の願いを、その耳に聞いたことがあるか。
我が主よ。我れの願いを一蹴された主よ。
我れがただ、臆病な者と罵られることをお望みなさるか。
命が絶えるその時まで、ご自身の欲に従われるか。
地位が何であろう。名声も何の価値となろう。

戦の上に建てられた国など、戦によって滅ぼされると言うのに。
未来永劫、続く夢の国などありはしない。
どれだけ戦をすれば、そなたらは満たされるのであろうか。
己の国さえ建てれば、暴利を貪れる場所さえあればそれで良いのか。

それが叶うまで、民は地を這いずるのか。
生き死にの定めさえ奪われるのか。
そなたらには聞こえぬのか。
民が天にあげる絶叫が・・・


ああ、主よ。孫仲謀。我れを罵って気が晴れたか。
この年寄りに追い打ちをかけて満足したか。
満座の前で我れに恥を注ぎ、嘲笑なされるとは。
愚かなることよ・・・

『貴方の言葉を聞いていたら、今頃はこのように酒も飲めなかったであろうな・・・』
孫権のその一言に、満座の前で床にひれ伏さざるを得なかった張昭は、激しい憤りと恥を抱えながら、退いたのである。
赤壁の折りに降伏論を唱えた彼への冷たい皮肉。
真っ先に主戦論を唱えた周[王兪]の栄光は祟られる。
口惜しいことに、お前は俺を見捨てた、と言わんばかりに、孫権の目には軽蔑の文字が浮き上がっていた。

「・・・・・・殿・・・」
わずかに耳に残った声に、張昭は振り返る。
沈痛な面もちで諸葛謹が立っていた。
彼を心配して追ってきたのである。
「子[王兪]殿・・・そなたの出は確か」
「琅邪にございます」
「そうだった・・・悲しいことよ」

張昭の目が、遠くを見据えている。
諸葛謹はその顔を仰ぎ見、すぐに顔をそらした。
年老いた張昭の皺は深く彫り込まれ、それをたどって、涙がこぼれていく。

「もはや、この年寄りは邪魔ですな・・・」
諸葛謹は唇を噛んでいた。
この男に同情されることが、唯一の慰めである。
同郷の者たちを殺された悲恨を知る彼だからこそ・・・。
そして、張昭と同じく、徐州から移住してきた家臣達もかなりいる。
同じ徐州の地を胸に宿す者達。

主に徐州の悲劇がわかるはずもなかろう。
戦の宿命に、堅、策の父兄、そして、取り巻きを失ったぐらいなもの。
赤壁に曹操を撃退したとぬか喜びしているが、実際は大損害を与えたものでもなかったのだ。
次の年には曹操は即座に南下してきたではないか。

主よ、曹操をどうお思いなさるか
・・・我が故郷を踏みにじった者を。
貴方はそこへ踏みだしておられるのだ。

おわかりになるまい。
たとえ、一時の誹謗な行いといえども、動乱が静まればこれ以上の苦しみは消える。
嘆き悲しむ民の姿を目にすることもなかろうに。
そして、貴方の地位もたとえ一国の主となれずとも、保証された日々があるのだ。
曹操とはそういう男なのだ・・・

我れも狭量なる一士、通じぬとあれば是非もない。
だが、お忘れなさるな、民あってこその国、苦言あってこその臣を・・・
我れは諦めぬ。
主よ、我れはその身体に、たった一片の肉にでも噛みついて離しませぬぞ。
我れの目は、貴方を越え、天下を見ておるのです。
もっと罵りなされ、お笑いなさい。

我れは堅物で通っておりますからな・・・

 


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