十二、白と黒 |
「公謹め・・・」 孫策は怒っている。 「やるじゃん、公謹」 孫権は笑っている。 「やること早い・・・」 呂範は感心している。 「はぁ・・・」 孫河は疲れている。 一言「帰る」とだけ、竹簡一本、角ばってはいるが美しい字の書き置き。 その竹簡を、バンバン鳴らして机の上に叩きつけている孫策である。 「あのぉ・・・それ、壊れますって、伯符様」 横に突っ立っている少年が、孫策の顔を見上げながら、言葉とは裏腹に楽しそうな表情を浮かべている。 「うるさい。お前に言われずともわかる」 「八つ当たりは良くないですね」 「うるさいッ」 「大将は心を大きく見せるもの、ですよね?」 「子明・・・本当にうるさいぞ、お前は」 「そう言ったのは伯符様ですからねッ」 言い返して、ふふん、と胸を反らす呂蒙。年下の彼に挑発的態度を取られながらも、孫策は怒った風でもない。 「・・・おい、お前。いくら何でも態度がでかいぞぉッ」 先ほどからおもしろくないのは孫権である。おにいちゃんを取られる!と内心思ったか、青い目を大きくして、ズカズカ呂蒙に近づく。 「・・・権殿も負けずに大きいですな」 孫河がぼやくが聞こえちゃいない。 「チビは黙ってろ」 「チビだと! お前と変わらないだろ!」 「いいや、指一本背が低い! それに俺の年は十三、お前より年が一つ上だ」 人差し指を孫権の鼻の前に立てる呂蒙。 「年上なんて関係ないだろッ。にいちゃんに仕えてるなら、俺にも礼を尽くすものなんだろ? だいたい、にいちゃんに対しても偉そうに・・・お前こそなってないじゃないか」 その指を振り払って、孫権が対抗するが、呂蒙も黙っていない。 「俺は伯符様に仕えると決めたんだ。お前は弟だか知らないが、軍に入っている訳でもなく、勝手に伯符様の命令を無視して来たのなら処罰されるべきで、いわば罪人。それも年上への礼儀も知らない“子供”に言われる筋合いはない」 「お前だって協調も知らないお子様じゃないか!」 「・・・よくわからん理論だ」 孫策が呆れていると、二人は彼の左右の腕を取り、 「ねえ、にいちゃん。俺の方が合ってるだろ?」 「伯符様! いくら弟と言えど軍律違反者は処罰されるべきですよね?」 俺は間違っていない!と自信あふれた二人の顔はどこか滑稽で、孫策はもっとけしかけてやろうかと思っている。 「あのな・・・お前達の話は外れているんだが」 「どこが?」 「何がです?」 「・・・バカな所が」 つい、呂範が先手を打ったが、 「俺の台詞を取るな。バカにバカと言っても、この大バカな二人は理解できないぞ」 と、後手の孫策続く。 「また、油を注ぐ・・・バカと続けられて怒るだけですよ。まだ学も無いのですから・・・」 と、おまけの孫河。 「・・・にいちゃん達、どさくさ紛れに言いたい放題だな」 「・・・学も無いは余計だ」 孫権と呂蒙はぴたりと口喧嘩をやめて、お互いの顔を見合った。 「とりあえず・・・」 「休戦だ」 「うん、いつか見返してやろう」 「そうしよう」 少年二人はそう決めると、急ににこにこと笑いだし、仲良く喋り出す。 よくわからないのは孫策ら三人。 孫権と呂蒙は手のひら返したように、笑顔、笑顔を振りまいて、孫策の了承を取ると、すぐさま元気に出て行った。 「・・・今にとんでもないことやらかしそうだな、あの二人」 「いいんじゃないですか。賑やかで」 「そうだな。やりたいことやるのが一番だ」 「・・・そういう問題ですか」 これからを思うとゾッとしている苦労性・孫河を尻目に、孫策と呂範は少年二人がどんないたずらをするのか、その期待を膨らませていたのだった。 ・・・そして、書き置き残した周瑜はと言うと、 「伯符・・・怒っているかな」 と、美麗に思い出し笑い。彼の馬が駆けていくと、行く先々で人が振り返る。 当然のこと・・・そんな本人の自覚は褒め称えるべきかどうか。 見上げた大空に、高々と舞う白き鳥。その姿は鷲のごとく、鋭い爪とくちばしを持つ。 「早く・・・、ッ!?」 視線を前に戻した周瑜は手綱を引き、馬は両足を逆立てる。 その下を一瞬にして黒き「影」が走った。 向かうは東。 「あれは・・・『龍』かッ。しかもこのような乱れた地へ『神獣』をやるとは、よほどの力が無ければできぬッ」 振り返り、瞬く間に走り去る「影」へ睨み付けたまま、 「『白麗(ビャクレイ)』!」 と叫んだ。 『白麗』は、その主の体を一周し、その身から白炎を吹き出して白き鳳となると、すぐさま追いつき、空と地で影と平行となる。 「伯符・・・」 白黒一対となった『神獣』は既に彼の視界から消えたが、その方角へ、元来た道を戻る周瑜の顔からも笑みは失われていた。 |
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