十一、碧眼児

 
孫策と呂範に問われ、ややうつむきながら孫河は言った。
「実は・・・権殿が」
「権がどうした? 何かあったのか?」
笑っていた孫策の顔が引き締まる。
「何かあったも何も・・・」
はっきりとした口調が得意な孫河の様子がやはりおかしい。
呂範は孫策と孫河の顔を交互に見ている。

「もったいがらずに言ってくれ」
「はあ。この・・・」
孫河があきらめて言いかけた時、
「あ−−−ッ!」
と、突然、呂範が絶叫した。
「な、なんだ。いきなり・・・」
そして、孫河がやって来た方向を見て、孫策は絶句した。
ついでに孫河は深くうつむいた。

「や!兄ちゃん、元気か!」
翡翠のように澄んだ青く緑がかった瞳。
それをまん丸く見開いて、いたずら小僧がやって来た。
その満面の笑み。
「け・・・権」
弟の突然の登場に、孫策の顔はひきつっていた。
青い目といい、赤みを含んだ髪といい、その風貌から碧眼児と呼ばれる弟、孫権は十二歳。

「・・・どうしてこんなところまで来たんだ?」
と、兄。
「退屈だから」
と、弟。
「母上の側にいろって言っていただろう?」
「俺みたいなガキが母上を護れると思う?それに、諸国見聞してる兄ちゃんの方がおもしろそうだしね」
悪びれもせず、孫権はあっさり言った。

「母上を護れと言ったのは、護衛できるかどうかだけの問題じゃないんだ」
「そんなのわかってるさ。俺が兄ちゃんの次の男なんだから仕方ないけどさ、俺だって一旗あげたい気持ちぐらいあるんだぜ」
「そういうのは大人になってからだ」
「ちぇ・・・そうやってすぐ大人、大人って。いいとこだけ持ってこうなんて虫が良すぎるよ」
「何が虫が良すぎるだ。まだこれからやることがあると言うのに・・・」
孫河と呂範を押しのけて、兄弟の言い合いは続き、
孫策は我に返って、孫権の顔をまじまじ見つめた。

「ところで、権・・・お前、どうやってここまで来た。一人で来たとは言うなよ」
「俺一人だよ」
「嘘を言うな、嘘を・・・」
「ほんとだよ」
「昔から迷子が仕事のお前が一人で辿り着けるはずがない!」
「断言しなくてもいいだろ!まったく・・・いつからかしこまった喋り方覚えたんだよ」
「これはかしこまった言葉じゃないぞ。普通だ」

「ややなまっておられますが」
背後から孫河の突っ込み。うるさい、と孫策が睨む。
「やれやれ・・・また始まった。長いからな〜」
呂範は護衛の兵らに休んでいるよう目で合図した。

「いい加減に白状したらどうだ。一体、誰に連れてきてもらったんだ?」
「だから、俺一人だって言ったろ?」
「いつまでシラをきるつもりだ」
「うるさいな、一人って言ったら一人!」

ぷくっと口を頬張らせて怒ってしまった弟に、孫策は対処に頭を悩ませる。
一度すねると、てこでも動かない。相当な頑固者である。
一度走り出すと止まらない自分の性格といい、父、堅の影響なのかもしれない。
しかし、少し年が離れているせいか、時々甘えが出てくる。
頼りたい父を亡くし、兄はおらず、また母や姉、弟妹達の面倒を任せるにはまだ早い年頃ではある。
それでも、万一孫策が倒れれば、権がいやでも家族を護っていかねばならない。
もう十年、父が生きていてくれたら・・・。

「・・・来たものは仕方ない。母上には俺から伝えておこう」
渋々、孫策がそう言うと、権は飛び上がって喜んでいる。
「ほんと?やった!公謹の・・・」
と、言いかけて口を押さえたが遅い。孫策の耳が反応してしまった。
「・・・今、公謹と言ったか?」
「え・・・いや」
「公謹と言ったな!」
すごまれて孫権は、はい、と答えてしまう。

「・・・やられた」
孫策は一言こぼしたものの、笑いが止まらない風だったが、
次に何を言われるかと冷や冷やしている孫権の両肩を叩いて、言った。
「来ているな・・・あいつ」

 

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