八、意思

 

「貴方が孫文台殿のご子息ですか・・・」
客間に通された若者を見るなり、張紘が言い、若者は床にひざまづいて答えた。
「はい。孫堅の長子で名を策。字は伯符と名乗っております」
言葉の歯切れよく、表で叫んでいた感じと違って、案外、礼儀は心得ているらしい。

「お立ち下さい。・・・私は世から逃げている隠れ人に過ぎないのですから」
張紘も若者・孫策の両手を取り、その面を間近に見た。
「ああ・・・貴方はお父上と同じだ」
つい、そうこぼしてしまった。
「父を知っていらっしゃるのですか?」
間髪入れずに返ってきた言葉に張紘は困った。

孫文台殿は影のようにしか見えなかったはずだ。
最後にたった一言、残していっただけで、世間の噂以外は何一つ知るわけでもないのだ。
しかし、この若者は確かに、顔立ちは優しいが一本気なところがあるようだ。
そう、父に似て、彼も一本の道を選び、歩いていくのだろう。

張紘は孫策に座を勧め、自らも座った。
「・・・一度、お見かけしたことがあるのです。都にいた頃。貴方のその雰囲気がお父上に似ていらっしゃる」
苦し紛れに答えると、孫策は、
「そうですか。ほんの少しでも父と似ているのなら・・・嬉しいことです」
そう言って、照れくさそうに笑った。
「私の顔は母譲りで、この通り威嚇できませんから、必死で武芸を覚えて父のようになりたいと思っていました」
彼は顔を指さしてまた付け加えた。

「威嚇ですか・・・虎の名に恥じないとはそう言うのですかな」
苦笑まじりに張紘は言ったが、
「そうです。まさしくその通り。父は顔も強さも虎のような人でした」
大真面目に孫策は言った。

軽い冗談を本気にしたらしい。
・・・困ったな、と張紘が次の言葉を考えていると、
「あの・・・よろしいでしょうか?」
孫策の方から、尋ねてきた。
言って良いのか、悪いのか、といった様子で、あどけなさが残った顔に上目づかいで見ている。
「どうぞ」
張紘は微笑みながら促した。

やや緊張の色を解いた孫策は一息吸い、
「では、単刀直入に・・・私の力になって頂けませんか?」
と早口で言った。
全く飾りも何もない一直線。
孫策は言い終わって、はぁ・・・と大きな溜息を吐いた。
言いたくて言いたくて、緊張して胸につかえていたようである。

じっと張紘は孫策の眼を見つめている。
孫策もそれに気づいて、見つめ返した。
紛れもなく自分の本心であり、偽りないことを証明する為に。
また、心の奥を、未来を見せる為に。


互いに譲らず、眼光の交差は続いた。
そして、張紘はその視線を孫策の胸へ移した。
「・・・・・・貴方の意志がそうさせるのですか?それとも・・・」
孫策は懐へ手を入れ、白い袋を取り出した。
「確かに、貴方にご助力頂きたいと思ったのは私の意志ですが・・・」
きつく縛られた袋の紐を解き、その中から玉を取り出した。

張紘の表情が変わった。
眼は玉を見据え、初めて厳しいものとなる。
黄金に輝く小さな玉。
宵深く、薄暗い部屋に光は次々と七色に変わり、
眩しい光の玉の奥に、おぼろげに認める『龍』の姿。

「伯符殿。・・・これは失われた漢の・・・」
「はい。玉爾の一つです」
孫策のきっぱりとした答え。
焼け落ちた洛陽の都で、孫堅が密かに見つけ、持ち去ったという品である。
姿を変じ、玉となり、今、この若者の手に握られている。

「私と、この玉爾と・・・そして、父の意志です」
孫策の言葉に同調するかのように、光の『龍』が頭をもたげた。
さすがに張紘も驚きを隠せず、秘宝を前にして心の臓は高鳴っていたが、急速に落ち着きを取り戻した。
と、同時に、黄金の玉は光を沈める。

光の玉の周囲に気づくと、白銀の細長く、美しい『龍』が天上にあった。
孫策は驚かず、張紘もまたそれへ手を差し伸べた。
「『月華(ゲッカ)』・・・」
金の眼を細めて、『月華』は張紘の側へと寄り添ってくる。
「・・・貴方の意志でもあるのですか」
張紘の手へ吸い込まれるように、銀の龍『月華』は姿を消していった。

 

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