九、父の道 |
孫堅の死後は、彼の兄・羌の息子である孫賁が残った軍勢を率いていた。 孫策は父の亡骸を曲阿に埋葬し、弟の匡に爵位を譲って、長江を渡ると江都に住んだ。 徐州に入るや否や、煙たがったのは太守の陶謙だったが、そんな老いぼれ爺さんに構っているような孫策ではない。 その陶謙の誘いに乗らない張紘の名声を聞きつけた彼は、すぐさま尋ねてみることにしたのである。 思い立ったらいても立っても・・・(張紘の居が近くだったからという理由もあるが)、そんなわけで夜中に馬をかっ飛ばして来たのである。 孫策は全くの無から有を生み出すつもりである。 張紘が今は母の喪中であると言っても、天下の為、自らの為と彼は押しきった。 ここが若さ故の押しの強さ。それに、父譲りか、強引にでも人を引っぱっていく性格のようだ。 そして、張紘自身もこの若者に初めて惹かれるものを感じていたのである。 既に夜は白々と、日の出を待つばかりである。 「では・・・これから、どうなされるおつもりですかな?」 散々に昔話などを語り合った末、張紘が問う。 「これからの私が成すべきことについて・・・どう進めば良いのでしょうか?」 胸にしっかりと手を当て、孫策が問い返す。 無知ゆえの探求。若さゆえの望み。 孫策は天下への夢を隠そうとはしない。 誰もが望む夢を語る、望む。 自らを助けてくれる者を捜す。 ただ、天下を取りたい。その純粋な夢の為に・・・。 「まずはお父上が敷かれた道を歩いてみることでしょうな」 「父の・・・道」 「まずは文台殿が信頼なされていた方々に認められることからですが」 「ええ、そうですね・・・それからです」 たった数刻で、孫策が数年も年を経たように見える。 老け込んだのではなく、大人へ、天下への第一歩を見つけて、輝き始めている。 張紘の胸も膨らむ。 ただ、突然やって来た若者に背を押され、すっかり老け込んでいたのは自分だったと改めて考えさせられたが。 「朝餉の支度ができましたが・・・どうなされます?」 しばらくして、張紘夫人がやって来た。 とうとう夜明けを迎えてしまった。 夜中は張紘が構わない、と言っていたので奥に引き下がっていたが、目元を見るとうっすらとクマができている。起きて待っていたのだろう。 「頼む」 と、張紘が言い、 「お願いします」 孫策が頭を下げた。 「はい。待っていて下さいね」 すれていない孫策が気に入ったらしい夫人は、彼に微笑みかけるとすぐに出ていった。 まもなく朝餉が運ばれてきて、孫策は遠慮なく腹に収めた。 そして、慌ただしく身支度して馬に乗った。 見送る張紘夫妻と家人へ丁寧に礼を言うと、孫策は馬を駆けさせた。 張家の暴風となった若者は突然やって来て、突然去っていった。 後ろ姿も見えなくなって、まだ夫妻は門前に立っていた。 「・・・行ってしまわれましたね」 と、夫人。 「ああ。孫策・・・末恐ろしい若者になるかもしれぬ」 「でも、可愛らしい男の子でしたわね」 「そうだが・・・お前はああいう若者が好みか?」 すましていた張紘の眉がやや動いた。 「貴方・・・もしや、焼いていらっしゃるのですか」 「いや、別に」 と、そっぽ向いた張紘の横顔を見つめ、夫人はくすくすと笑っていた。 ・・・江都へ馬を戻しながら、孫策はその手に玉爾の袋を握りしめていた。 張紘に諭され、父の背を追う決意を新たにした彼はそれを持つ意味をいずれは知ることになる。 恐れはしない。突き進むのみ。 たとえ、それが自分の死を意味していたとしても・・・。 |
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