六、劉曄

 

曹操の解散命令後、
「おい、待てよ。待てって言ってんだろ?」
ツカツカ早足で歩き去る一人を追って、郭嘉がムカつきながらそれを追っている。
「聞こえてるんだろう?って・・・おぉい、無視かい」
先を進むのは劉曄である。
「なぁ、子楊ッ、いい加減振り向けよ」
全くもって無視な劉曄の速度は増すばかり。

「劉曄、劉曄、劉曄、劉曄、劉曄ぉ−−−ッ!!」
やけになった郭嘉の連呼に、やっと劉曄振り向き、
「五度も呼ばずとも聞こえています」
と、冷たく言い放った。
「き・・・聞こえてるじゃねえか。ちゃっかり数えてよ」
律儀なのか、細かいのか、劉曄の性格にはちょっとついていけない郭嘉である。

「御用件は?」
郭嘉の表情を横目に、劉曄は問う。
「あ、そうだった・・・お前さ、『影』持っていたろ?」
「それがどうかしましたか?」
「いや・・・あのさ、動かしてくんない?」
「・・・私に動けと?」
「まあ、そういうことだけどさ」

「なぜ、私なのですか?」
「え、うん・・・そりゃあ、『龍』持ってっからさぁ」
「殿のご意向ですか?」
「いや・・・俺の一存ってやつ」
「では、私は貴方の命令に従えと言うのですか?」

「誰も命令していないだろう? お願いしているだけさ」
「人に要求する時は、自ら衿を正すべきでは?」
「お前・・・細かい奴だな」
「昔からです。では、失礼・・・」

「あ、待てよ。まだ話は終わってないぜ」
再度の引き留めに、劉曄が渋々足を止める。そして、
「奉孝殿・・・貴方に貸しを作って差し上げます」
と言って、わずかな微笑を残して、劉曄は歩き去る。
「あぁ・・・笑いやがった。後が怖いぜ、お兄さん」
郭嘉は大股でしかも早足な彼の後ろ姿を見送りつつ、片手で小さくガッツポーズをつくった。


破壊された門扉を出た劉曄は、先ほどと打って変わって清々しい青天の下、物言いたげな表情をかき消して、両手を胸の前に組んだ。
「・・・我が護り、黙する者よ、出でよ」
低い詠唱と共に、劉曄の影から二本の黒い帯が伸びて、頭上へ舞い上がる。
風も無く、音も無く、その黒い帯は一つの姿をとる。
その鱗も爪さえも漆黒の闇の色。ただ、その眼だけは銀に染まっている。
この龍こそ彼の持つ『影龍』である。

「東の情勢をお頼みする」
劉曄が一声かけると、『影龍』は再び帯と化し、地面の影となった。
歩き行く衛兵の足元を忍び、高い日の下、東へ走り去る。
しばらく無言で見送って、劉曄もまたその場を後にした。


ところで・・・
宮殿ぶっ壊し騒動の後、せっせと材木をかつがされる男達。
男達と言っても、肉体労働派、つまりは武将勢が居残りさせられているのである。
こういう情勢で、民をこんな身勝手な事件で使う訳にはいかないだろう、
と、主君の有り難〜い思いやり(元凶はその主君であるのだが)のとばっちりを喰らっていた。

「俺は・・・東郡に帰らねばならんというのに。わかってるのか、あ・い・つッ!!」
案の定、夏侯元譲は便利屋状態。
「まぁまぁ、そんなに怒ってばかりおられると、頭の血管が切れてしまいますよ」
のほほ〜んな荀攸がなだめているつもりらしい。
『ほっとけ、ほっとけ〜。頭は切れても体は動く〜♪』
そんな彼の横で“例”のタヌキ『元』が踊っている。荀[或〃]は当然にこにこと眺めている。

「殺す。絶対殺してやる・・・『東天』ッツ!!」
「落ち着いてくれよ、惇兄。落ち着けっ。淵兄も止めてくれ、『元』殿も挑発しないでくれッ」
かついでいた巨大な大木振りまわして怒る夏侯惇を後ろから羽交い締めして、曹仁は叫ぶが、
「・・・やってろ」
夏侯淵は知らぬ顔。
『ほっほっほっほ・・・』
タヌキの踊りは止まらない。

「頑張れよ、仁兄ぃ。俺は何も見てないからな」
曹操、曹仁の従弟、曹洪は、丸い目を細くして、ひたすら運搬作業に従じていた。
世間一般、俺は普通でありたいと心中に願いながら・・・。

 

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