五、異変

 

「いやぁ・・・すまんすまん。ちぃと暴れてなぁ」
あはは、と駆けつけた者達の前で、騒動の主が高笑いを放った。
「これが、“ちぃ”とか、これが?」
声を低く押し込めて、夏侯惇が天井を指さした。
「まあ、ご愛嬌だ」
張本人、曹操は未だ砕けた木ぎれが落ちてくる“穴”を見上げて言った。
各々の“神獣”は姿を消している。

「しかし・・・操兄、この程度で済んだから良かったが、いつ何時、過敏反応するか心配だな」
曹仁がその視線を追って口を出した。
「それは・・・・・・相手の出方次第だぜ」
ふわぁとあくびしながら、童顔青年、郭嘉が答えた。
冠を付けることもなく、長髪を無造作に後でくくっている。自由放漫な彼らしい姿である。

「“相手”とは?」
めったに会話に加わりたがらない夏侯淵が郭嘉に尋ねる。
「まだ、わかりませんよ。今はね・・・」
「・・・そう言って、文若に騙されたからな。信用できん」
夏侯惇がいぶかしげに、郭嘉の顔を見ている。

「文若と一緒にしないで頂けませんか、俺はまだあいつより、ハッキリしていますから」
「特に、女性の好き嫌いがね」
荀[或〃]が微笑んで、郭嘉の背後からその肩に手をそえた。
一瞬、郭嘉の目が丸くなって、
「文若・・・いつから?」
振り返って小さめに叫んだ。

「さきほどから立っていましたよ」
にこにこにこ・・・降り注ぐ、荀[或〃]の笑顔攻撃に、郭嘉もたじろぐ。
「おい、遊んでないで説明してやれ」
曹操の声が飛んできた。
「へいへい」
助け船とばかりに、郭嘉は荀[或〃]の側から飛び退いて、諸人の前を歩きながら説明し始めた。

「・・・殿の“神獣”にはおそらく、犬猿の仲になってる奴がいるんですよ。まだ、殿はご自分の“神獣”の力を完全には制御できませんから、相手にとっては狙い易いはず。おまけに、殿のはとてつもなくタチが悪そうですからねぇ・・・」
「“タチ”が悪いと言うな。お前のモノに比べればまともだ」
むっとした曹操が椅子の肘置きに、頬杖ついて言った。
「そうですかね・・・ま、いいですけど。とにかく、今日はお試しですよ」
「・・・わかりやすい説明だな」
そう言って、夏侯惇は溜息をついた。

「私が補足致します」
諸人の一歩後ろから、男が進み出てくる。
真っ直ぐな眉が特徴付けるその顔は、劉曄である。
「殿の神獣『絶影』・・・これは仮の名でしょうが、とりあえずこう呼ぶことに致します。その『絶影』が申しますところ、東方にて何か異変を感じ取った次第・・・」

「東か・・・俺も聞いた」
と、夏侯淵。
「俺もだ」
と、夏侯惇。
「・・・どうなることやら」
と、曹仁。
郭嘉はそっぽ向いて、頭を掻いている。

劉曄は続ける。
「おそらくは『絶影』の敵対する“神獣”の一種と思われますが・・・何分、『絶影』の正体も分かりませぬゆえ、うかつに動くわけにもまいりませぬ。・・・ただ、一つ言えることは、こちらが動くにせよ、留まるにせよ、先方から余裕を与えては頂けませぬし、こちらを攻撃する用意は幾通りもあるでしょう。策にはまる危険を承知で、いずれ東へ赴く必要があると思われます」

諸人は静まった。
曹操の“神獣”は手におえないものらしく、暴走する可能性大。東には敵がいる。それも待ってはくれない。罠にひっかかることを承知で、東へ行けと言うのである。
東には、徐州を治める陶謙が居座っている。
かなり無茶なことをやっているようなので、口実はつけられそうだが・・・。

言葉を無くし、静まりかえった悩める諸人へ、
「あの〜そういうわけで、俺達は殿の訓練にお付き合いしていたんですが・・・」
曹操の傍らに立ってる典韋が、図体に似合わず、低姿勢で言った。
「黙っていてすみません・・・孟徳様のご命令でしたので」
諸人の背後では許ネ者が深々と謝っている。

「く・・・訓練だったのか? あれが?」
夏侯惇が驚いて口を開けた。
「そういうことですな」
まだ三十六歳なのに、すっかり老けてる荀攸がうなずいた。
荀[或〃]の六歳年上の甥とは到底思えぬほど、性格からしてジジイである。おまけに、荀[或〃]の神獣『元』タヌキと相性ピッタリ。お茶仲間である。

余計に、混乱する状況に、曹操一言。
「・・・よくわからんとは思うが、今日は訓練ということだ。また後日、対策を練る。はい、解散」

 

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