四、神獣

 

夏侯惇の“武人”は『東天(トウテン)』と言う。
『西天』と同じく面を付け、青地に紺の甲冑が特徴である。
左右の手に、刀が握られている。

「来たかッ」
暴風に風を細めつつ、夏侯惇は現れた淵に声をかけた。
「どうなってるんだッ」
「わからん・・・俺もここに呼ばれた口だッ!!」
夏侯惇は、顎で前を指し、淵はその方向に目をやった。

「・・・妙才殿も来られましたか」
宮殿の南にある入口前で、暴風を受けながらも普通に立っている男が、にっこりと笑顔を見せた。
その振り向く様も優雅に、努めて無駄のない動きをしている。
線の細い彼の姿には、女性を思わせるような艶がある。

「文若ッ!! 笑ってないで、状況を説明しろッ」
夏侯惇の青筋入った声に、その男、荀[或"]は一言、
「さあ・・・わかりません」
と、首をかしげた。
「呑気に笑うなッ」
夏侯惇の怒った様子に、にこにこと笑っている荀[或"]。


「王佐の才」と称された、荀[或"]がやって来たと聞き、儒学に通じる夏侯惇は期待に期待したものである。
自らの精進に、彼の言葉を得られるだろうと思っていたのだが、正直、夏侯惇はがっかりした。
風貌が違った。優男だった。
それはまだしも、人を(惇を)おちょくるのを楽しみにしている様子に腹が立つ。
腹が立つが、彼の政策理念、的確(完璧)な進言には頭が下がる。下がりっぱなしと言ってもいい。
よくわからないが、荀[或"]の存在は、いつの間にか当然のように、夏侯惇の周囲に入ってきたのである。


「ったく・・・もういい」
夏侯惇は、荀[或"]に弱い。甘い。
「いいんですか? 放っておけば、建物に被害がでますよ?」
「なら、どうにかしろ」
「・・・もうしばらくですよ」
「やっぱり、手を打ってたな、お前・・・」
返事の代わりに、荀[或"]は含み笑いを見せた。

その間にも黒雲は広がり続け、城内は夜のごとく暗闇に沈む。
笑っていた荀[或"]が、表情を変えた。
「備えて下さい・・・来ますよ」
背後の二人に言うと、両手を広げて宮殿へ向けた。

ドゴォオオオオーーーーー!!!
ぶ厚い木製の門が砕け、強烈な熱風が吹き出した。
肌がピリピリと悲鳴をあげる。
さらに、炎が風を追いかける。
青と赤、交互に色を変じながら、彼らの前に広がった。

「尊師・・・」
荀[或"]がつぶやいた。
『仕方ないのう・・・』
老人の声がしたと思うと、荀[或"]の胸の前で、小さな光りが放たれた。
何か小さな手が、炎に向けられたのを、夏侯惇と淵は見た。
その瞬間、炎は左右へ、赤と青の二つに裂かれた。

炎は小さくなり、巨大な獣へと変化する。
青炎に包まれた虎と、赤炎の虎。ゆうに人の背を越える。
どちらもぐるぐる回転しながら、音もなく地面に降り立った。
獣の口には、それぞれに典韋と許ネ者をくわえている。

「・・・ててて」
両人ともすり傷だらけの姿をさらしている。
「『蒼牙(ソウガ)』と『紅虎(コウコ)』がいながら・・・ご両人。手を抜きましたね」
子供にめっとしかるように、荀[或"]は二人へ言った。

『蒼牙』は典韋の、『紅虎』は許ネ者の『神獣』である。
典韋の場合は夏侯惇が名付け、許ネ者の場合は自分の通り名をつけている。
そして、夏侯惇と淵の『東天』、『西天』らは自らの言葉で名を示した。
仮面の下の顔を見せることだけは決してないが、話すことはできる。

そもそも、『神獣』とは、古代から各地域に住みつき、霊的物体が具現化して肉体を有することもあると言われ、人の前に現れる神の一種として崇拝の対象になっている。
夏侯惇と淵などの、人の姿を取る異種な“武人”は、一般的には『神将』と呼んで『神獣』と区別している。
元々、それらは人の前に易々と現れる存在ではないのだが・・・


「勘弁して下さいよぉ・・・」
いつもの戦意あふれる姿はどこへやら、典韋と許ネ者、二人の顔は情けないほど力が入っていない。
「さて、これから・・・どうしましょうか?」
荀[或"]はだっこしている者へ話しかけた。

「おぉい・・・文若。そのタヌキジジイ、何とかならんのか?」
夏侯惇はその“者”を見て、どっと疲れ切った顔になった。
『失礼な奴じゃのう。まだ百年も生きとらんくせに・・・』
ふふ、と笑う荀[或"]の腕から、タヌキがぴょこんと地上に降りた。

『今、『南天(ナンテン)』が来る。待っとれ』
「こんのクソジジイィ・・・」
ちっぽけなタヌキに命令されて、歯ぎしり歯ぎしり、夏侯惇。
完全無視な夏侯淵。

「あ〜・・・『元』殿。先ほどからここにいるんだが・・・」
夏侯惇らの『神将』と同様な武人を従えて、左頬に傷を持つ武将が、背後で同じように腕組みして突っ立っている。
かつての暴れん坊、豪気あふれる曹仁である。
赤地に金装飾鮮やかこの上ない『南天』に、やや引きぎみな一同を前にして開き直っている風ではあるが・・・。
とにかく、典韋や許ネ者と違い、宮殿から出てきたというのに、その身はきれいに傷一つない。

『ほ、すまんのう・・・おりょりょ』
タヌキこと『元』は、振り返ろうとして、ぽてんッ、とこけた。
『やはり、この体は不便じゃのう・・・』
「・・・なら、やめろよ」
怒りも通り過ぎた夏侯惇がつぶやいた。

曹仁は賑やかな風景に呆れ顔、親指を宮殿に向けて言った。
「終わったようだぞ」

 

次へ

戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送