三、西天

 

凱旋から数日、城内は相変わらず、慌ただしい毎日である。
夏侯惇と共に曹操をからかった夏侯淵は、また寂しい庭でたたずんでいた。


曹操の旗揚げからつき従う、夏侯惇と淵の間柄は同等なものである。
幼い頃から曹家の息子となった曹操と親友として深い付き合いを持っている。

曹操は宦官の息子として、周囲の妬み、蔑まれ、多々の苦い経験をなめてきた。
夏侯惇は夏侯氏の長となるべく、物心ついた頃より厳格な教育を受けてきた。
夏侯淵は惇の弟して生まれた。しかし、それは忌み嫌われた双生児として、叔父の息子として育てられた。

幼い夏侯淵がその事実を知るのに時間は必要なかった。
養父は酒の席になると必ずその話題を出し、彼をなじる。
忌み嫌われた双子の片割れ。その才能の乏しい方を貰った、と。
実際に、夏侯家を継ぐべき嫡男・惇はあらゆる面で彼を上回った。

反対に、養母は可愛がってくれた。自分以外に男児がいなかったせいかもしれないが。
よく両親は喧嘩をしていた。
嫡男として、彼の行く末を案じてのことである。
夏侯淵は自ら厳しい日々を選ぶ他なかった。

一族の子供達の群れに混ざっても、独りでいることが多かった。
よく好まれた遊びは戦争ごっこ。
夏侯淵はそれが嫌いでたまらなかった。
多人数対一人の形式が浮かび上がる。
仲の良い者達と孤独な者の一方的な戦いである。

いつも追われながら、夏侯淵は反抗の機会をうかがっていた。
状況を見極め、誰を仕留めれば早く戦が終わるか。
速効的な手段を、彼は独学で得ていった。
兄たる、惇を越えられるのはそれしかなかった。


つむじ風が舞う。
くるくると巻き上げられる枯れ葉や木の葉。
「西天(セイテン)・・・」
夏侯淵が左手のひらを空に向けた。

「お前は俺に何をしろと言うのだ・・・」
風は急速に回転を強め、夏侯淵の上空で収縮する。
白色の光を少しづつ放ちながら、
木の葉が集まり、一つの姿を作り出す。

逆立つ髪、鉄面が顔を覆っている。
そこから覗く二つの目は鮮やかな光を見せ、筋骨たくましいその身体には白地の着物に黒の甲冑をおっている。
風が夏侯淵と、宙に浮いている異様な武人を囲むように、周囲を舞っている。

「何かあったな・・・」
夏侯淵が声をかける。
小さく“西天”と呼ばれた武人がうなづいた。
そして、左手を東の方角に向け、指先を少し内側に曲げる。

東に異変あり。
“西天”はそれだけを伝えると、夏侯淵に礼をして風となって消えた。
木の葉はひらり、ひらり・・・静かに落ちていく。
夏侯淵は大きな深呼吸をしてみた。
考えてみたところで、彼に推測を許す材料が揃っているわけでもない。

ドクンッ・・・大きな一つの音が胸の中で響いた。
冷や汗が額ににじむ。
サァーっと体中の血が下がる感覚に、脱力感が襲ってくる。
両拳を握って、立っているのがやっとである。

「一体・・・何が起こった?」
うめくように彼は言葉を発した。
未だかつてこのような“重み”を感じたことはない。
ただの異変ではないことを彼はその感覚で得たのである。


急げ・・・?
かすかに耳をかすめた声。
・・・・・・急げ、妙才・・・!!
もう一人の自分の声。夏侯惇の声。
自慢すべき大声なのか、奇妙な伝心術か、そこまで理解できる状態ではないが、確かに彼の耳には夏侯惇の声が聞こえた。

「“西天”ッ!!」
夏侯淵は“重み”を背負ったまま、駆けだした。
呼ばれる先は、宮殿。
求める者がいる。
力を貸してくれと、兄の声がしたのである。

“西天”も再び姿を現し、彼の前を飛空する。
いつの間にか、空は黒く染まっている。
雲が吸い込まれるかのように、宮殿の上空で渦をまいている。
雲の中では、ピカッ・・・と稲妻が一本走った。

夏侯淵は立ち止まって、その稲妻を見た。
次の瞬間、ドンッと大気が揺らぎ、雷鳴が轟いた。
「くっ・・・」
突風に、腕を組んでしのぐ。ズズッと足が後へ下がった。
幾つもの電撃が宮殿から空へ放たれる。
前に立つ“西天”は槍をかまえて防いでいる。

夏侯淵が目を細めて前方を見た。
彼を呼んだ惇もまた、“武人”を前にこの状況に耐えていた。

 

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