「・・・今度、この花が咲く時は、会いに来る・・・・・・必ず、会いに来るから・・・・・・」
死人が残していく慰めの言葉ほど身勝手で痛いものはない。
・・・戻ってこないものを追いかけるなよ。そんなことは、時間の無駄。
・・・連れて行ったのは、あんたじゃないか。
・・・呼んだ? 俺が? 笑わせるなよ。使うだけ使っておいて、まだ足りなかったのか?
・・・俺は使い捨てにした覚えはない。
・・・違うだと?
・・・そう、思いたくないだけか。
・・・正直なれよ。
・・・やっと解放してやったのか。
・・・そうだ。
・・・あんたの置き土産が重すぎたんだ。
・・・自分が上手くいかないものを、俺のせいにするな。
・・・わかった、わかったよ。
「子明。・・・俺は、兄上にいつになったら勝てる・・・・・・?」
孫伯符・・・兄上。俺の願いを聞き届けてくれなかった卑怯な兄。
やりたいことだけをやって消えてしまったのに、俺の手元に残ったモノを全て持っていってしまう。
だから・・・俺は、こんなものを持って、子明と繋がっていたいと思っていた。
俺の手と子明の手の間には、白い菊が一輪。
・・・子明が教えてくれた菊。
「菊の花は弔いに使うばかりでは無いんですよ」
「?」
「この香りは、薬になるんです。・・・私達、貧乏人は薬が買えないので、菊を側に挿すんですよ。病は治らずとも、心は安らぎますから・・・まぁ、死への恐怖を和らげるとも言いますか・・・」
「ふ〜ん。こんな菊一本でもなぁ・・・覚えておこう」
・・・すっかり記憶から飛んでしまっていたというのに、思い出したのが医者から子明の余命を聞いた時だ。
俺が、子明の側に菊を挿したなら、発した言葉をそのままあれに返してしまうことになる。
なのに、子明は外を眺めながら呟いた。
雪が見たい、と。しかも、降り積もった白雪は綺麗だった、と!
こんな南の土地で、こんな時期に、見れぬこと・・・いや、もうその時まで生きてはおれぬことを悟ってそんなことを言ったのだ。
見せてやりたかった。白い雪を。
一面に菊を散りばめて・・・わずかな時でも延びてくれるようにと願った。
何度も道化じみたこともした。子明が笑ってくれるだけで嬉しかった。
なのに、子明は、生きたいとは言わなかった・・・。
俺に、後事を託すことばかり。生きて、共にまた戦いたいなど一言も言わなかった。
なぜ、俺に未来を語ってくれなかった?
聞いたのは、お前がいなくなった後の未来。
・・・生きたくなかったのか? 俺ではダメだったのか?
お前が生きていたらどうなったのか、夢でも聞きたいと思った時には、遅かった。
もう、その耳に、俺の叫び声は届かなかった。わずかに開いていた眼も閉じていた。
この手のぬくもりで、しおれていった菊を追ったのか・・・子明は自ら唇を結び、呼吸を止めてしまった。
呆気なく・・・終わった。
俺はただ、子明の手が異物となっていくのを感じながら、枯れた菊を握りしめて背後の嗚咽を聞いていた。
糸が切れたのは・・・運び入れられる白菊の束を見た瞬間、本当に眉間のあたりで白い細糸がぷつんと切れた。
わあああああ・・・と、感情が溢れて叫びだしたところまでは覚えている。
気が付けば、谷利が俺の腕を掴んで側に立っていた。その顔も濡れていた。
あれからも、俺はどれほど泣いたのか。・・・誰のために泣いたのか。
・・・兄上。子明は行ったか?
・・・そろそろ来るだろう。・・・権。いい加減、気は晴れたか?
・・・いいや、俺の天下の夢は、潰れたよ。
・・・もろい夢だな。
・・・意気地のない俺を笑ってくれよ。
・・・笑えないな。まだやることがあるだろう?
・・・おかげで嫌というほど。
・・・まあ、頑張れよ。いつでも待ってるからさ。
・・・いつか・・・は、行くよ。兄上。
その手に挿された菊は、弔いの花。死者の花。
「子明。約束だぞ。・・・待っているからな」
久々のお題です。17本目。孫権視点。
呂蒙への心境よりも兄策との対話重視になってしまいました。
12月最後の更新で呂蒙視点書いて、1月にこれを書くつもりが(下記の更新日付書いてましたし)あと少しというところで止まり、今頃見つけて書き直したものです。
心の変化を表現するのは難しいですね。友の存在がいまいち掴めませんでした。
=2005.04.15=
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