兄貴


 

[シ'豕](タク)郡の冬は厳しい。埋もれた家々は豪雪をかき分け、昼夜問わず暖の煙があちこちで上がっている。凍死者の数も多く、そして、当然のこと、酒の消費も多い。
「おう、劉玄徳やないか!こんなところで何してんねん!?」
村の小さな酒場に入ってすぐに、目つきの悪い男が叫んだ。
老婆の女将は困ったような顔で奥に引っ込んで行った。客は数人だが、知らぬ顔で酒を飲みながら手前の席の男を見た。
「何って・・・酒飲んどるだけですわ」
先ほどまでわいわい騒いでいた相手が黙ってしまったので、仕方なく男、劉備は手酌で酒を飲みだした。
耳がやや大きく、酒を飲むと赤くなるから、一目で彼だとわかる。
「こんな昼間から酒とは、洒落てるやないか?」
目つきの悪い男が彼の向かいに座った。
「憲和さん、一杯やりまへんか?」
赤い顔で劉備はにっこり笑った。人なつっこい顔と喋りで、この村では有名な男だ。博打などに手を出したことがあるので、そちらで名が通ったこともあるが・・・今はおとなしく筵織りの貧しい家業についている。

出された杯を受け取って、目つきの悪い男、簡雍はぐいっと飲み干した。
「お、いける口でっか」
「ふ〜・・・昼間から酒飲んでる暇あったら・・・」
「筵でも織らんかい・・・わかってますがな。もう一杯・・・」
「ふん、飲めって言うんなら飲んでやろか・・・」

「一体、いつになったら金返してくれるんや?」
酔いが回るにつれ、簡雍の金返せ攻撃がくどくなる。
劉備は相づち打ちながら、酒をつぎつぎ、笑っている。
「・・・金を返さん根性ほど汚いもんはないやろ?」
「はぁ・・・それはようわかってます。俺も返そうとはしとるんですわ・・・」
簡雍はずいと身を乗り出し、顔を近づけてくる。
「酒飲んどいて、返そうと思ってるちゅうのはおかしいんちゃうか?」
「俺も、憲和さんに悪いとは思ってます。けど、なかなか金も出来んで困ってるんですわ・・・それで、酒場でうさ晴らそうとしただけで・・・そしたら、たまたま・・・」
「言い訳はええんや!借りた金は返すのが筋違うんか?・・・ええ? 筵なんぞ織ってて、何のいいこともないやろ?いっそのこと・・・」

「さっきから黙って聞いとったら、ええ加減にせえやッ!!」
パン、と木机が鳴った。劉備の眉がつり上がって、ギリっと歯ぎしりの音が聞こえた。
とたん、机を蹴り倒して、簡雍の襟首を掴んだ。
「よう言いたいだけ言うてくれたなッ!・・・わしがいつ返さん言うた? わしの家見てみぃ、何処にそんな金がある言うんじゃ? わしは確かにわれに金借りたわ。けど、返さん事情が出来て待ってくれと頼んでるんや。返せるだけの金があったら今すぐにでも耳揃えて返したるわ。それが出来んから毎月少しずつでも返す言うとんのや。ええ? この首持って行って気が済むんならそうせいや!わしは逃げ隠れせん。やるんやったら、大勢揃えて連れて来いやッ!」
一気に畳みかけて、ふと気づくと、簡雍が真っ青な顔でこちらを伺っている。
「あ・・・すんまへん。つい・・・・・・・言い過ぎました・・・」
両手を離すと、簡雍はへたっと椅子に座り込んでしまった。
「ま、そんなわけなんで・・・もうちょっとだけ待ってほしいんですわ」
茫然とした顔で、簡雍は
「う、うん・・・金は少しずつでええから・・・」
ぼそぼそと言って、慌てて出ていった。
「玄徳さん・・・あんた、あの男にようあれだけ啖呵切れたもんやね・・・」
奥からひょこひょこ出てきて、女将が言った。
「・・・ちょっとやり過ぎたかな?」
「たまには薬になるやろけど・・・大丈夫かねえ?」
「吠える犬ほど、気も小さい言うし・・・ま、ええんちゃう?」
何事も無かったように、劉備は女将の運んでくる酒を飲みだした。

翌朝、日課の、織り上げた筵を背負って家を出ると、簡雍は寒い中、手を息で温めながら待っていた。
「玄徳の兄貴!」
「はぁ?」
「今日から兄貴と呼ばせて貰うで!」
「ちょ・・・ちょっと待ってくれ。俺、兄弟仁義いらんぞ」
「いいや、わし、玄徳の兄貴が気に入ったんや!わしな、あんたみたいな肝っ玉座った男なら、でっかいことやらかす思うた!」
「待ってくれ・・・あんたに金借りてんのに・・・」
「もう金なんかどうでもええから、子分にしてえや!」
「・・・あんたに付きまとわれるぐらいなら、金返すがな」
「頼むわ。金いらんから、な?兄貴?」
「兄貴って呼ぶな言うとるやろ・・・」

筵背負う劉備の後ろ、簡雍はてくてく楽しそうについて来る。
「おい・・・いつまでついて来る気や?」
金貸しがつきまとっていると、周囲の異様の目が気になって仕方がない。
「子分にしてくれるまでや」
「いい加減にしてや。こっちもあんたみたいなのが側におったら困るんやけどなぁ。筵届けに行かなあかんし・・・」
「ほな、わし届けに行くわ」
「あんたが届けに行ったら、向こうびっくりするやろ」
「何でや?」
「あんたも知っとるやろ?「悪銭簡雍」と呼ばれてんのが筵届けに行ってどないすんねん?」
眉潜めてそう言った劉備に、簡雍はからっとした明るい顔で、どんと胸を叩いた。
「悪銭ちゃうで、れっきとした正銭や。これでも頼ってくる奴らがおるんやから」
「そらあかん・・・“奴ら”と蔑んでて商売はできん」
「商売なぁ・・・兄貴の口から商売が出てくるとは思わへんかったなぁ」
「馬鹿にしとるやろ?」
「いやいや・・・兄貴の言うこと、一々利にかなってるわ・・・そやなぁ、わし金貸しやめて、ついでにカタギになるわ。それならええやろ?」
「おいおい、そな簡単に決めてええんかいな?」
「ああ、わし、玄徳の兄貴についてくって決めたからええんや」
「勝手に決めんといてくれ・・・」
「ほな、言ってくるわな、兄貴!ちゃんと挨拶もしてくるわ!」
「おい、ま、待ってくれ!・・・本気かいな、弱ったなぁ。・・・他にも同じようなこと言われとるんやけどなぁ・・・どないしょ・・・」
筵の籠を背負っていく(さっきまで金貸し男)簡雍の不思議な光景に、落胆に近い表情でその場で立っていると、

「おお、玄徳殿ではありませんか!」
そら来た・・・と、劉備はまた落ちて行った。

「そんな顔をして何かあったのですか? ちょうど今からご挨拶に伺おうとしていましたので、ついでに歩きながら話しませんか?」
長い髭の男、関羽がすらすらとそう喋って迷惑顧みずに劉備の腕を取り帰路へ促す。
「俺も貴方の意見を求めていたんですよ。ここで会えるとは・・・」
負けずにもう一人のたくましい漢、張飛が言った。
恵まれた体躯に反してどちらも口が慣れている。両腕を取らんばかりに挟まれて、劉備は否応なしに家に帰ることになった。

・・・悪い気はせんけど、なんか・・・俺の進む道、違うんちゃうやろか?

関羽と張飛という大漢二人を両脇に、つくづくそう思った劉備だった。



・・・その後、しばらくして劉備一行は、黄巾賊の討伐、また漢室劉勝の末裔というほらまがいの大儀名分まで掲げて[シ豕']を飛び出しのだった。

 



こ、これ、借金踏み倒し(汗)・・・切れた劉備を書いてみようと思っただけなのに(そこら辺から路線決まってたかも)最後もとんでもないこと書きましたけど、彼はけっこう好きなんですよ(苦しいフォロー・・・でも、ほんとです^^;)切れると一人称が「俺」から「わし」になります(笑)
簡雍は今回の扱い可哀想でしたが、劉備以外にはもろに露骨な態度を取る人なので、ヤ○ザみたいな人なのかな・・・と思ったのがきっかけです。関西弁の応酬になってしまいましたが、けっこう楽しかったです。ちなみに劉備はその系統には好かれますが、本人はなりたくありません。
今回書いてみて・・・思いっきり変な軍団でした(泣)案外、乗りはこんなものだったかもしれませんが(絶対違う) 変と言えば・・・張飛は正史重視で演義と少し違った人なので、ぼうぼう髭生えた愛すべきおじさんではありません(笑)今回の話にほとんど関係ないですが。

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