断烈


 

「お願いです!! どうか、およしになってッ・・・貴方!!! このような無情なことを・・・」
甲高い、引き裂くような女の泣き叫びが、耳の奥まで突っ込んでくる。
女はなぜ、その声を甲高く跳ね上げて騒ぐのか。耳障りなことこの上ない。
「どうか、返して・・・」
裾を、腕を、握ったその手を払っても払っても・・・。
腹立たしく、蹴飛ばすと転んでうずくまってはいたが、土を舐め、泥だらけになっても・・・女は必死の形相でしがみついてくる。

「何故に、私の子でなくてはならぬのです!!」
それが、良家の女・・・我が妻の姿。
その女の腹へ肘を打ち込み、たまらず女の体は床に崩れる。
手を伸ばし、苦しげな顔で見上げた先にあるは・・・この腕の中。
俺の腕にあるのは我が子。生を受けてまだ二年にもならぬ幼き子。

「・・・返・・・て・・・・・・私の・・・・・・・・・」
呻きながら、女はまだ必死に俺の足をつかもうとする。
哀れなる我が妻。縁者が貰ってきたという女の一人。俺が求めたのではなく、礼だと言って押し付けられた女。
押し付けたとは可愛そうだが、一目見た時から俺はこの女を好きにはなれなかった。目がよく動く。人の言葉一つにも耳を尖らせる女。人の様を伺う女。
乱れた世に、蔑まされ、生きる術もない女が身につけた生き抜く方法だったのかもしれんが・・・。

「私の子か・・・・・・“俺の子”ではないんだな」
え?・・・と女の顔が言葉を形づくる。
「・・・お前の中に、俺は存在しないのだろう」
心の奥底に溜まっていたものを吐き出して、俺は女が喋り出す前に歩き出した。
背後から女の絶叫が聞こえてくる。恨めしい声、呪いとも取れる言葉を叫びながら・・・。
帰った時には狂っているか、死んでいるか。または殺しに来るか。
俺にはどうでも良かった。もはや夫の資格など、まして父は・・・。


この乱世、また連年続く飢饉に、貧窮する最中、痩せ細った馬に乗り、駆けだしても子は泣かず、父の顔をじっと見つめていた。
抱え上げた時、子は勘がいいと言うが、やはり悟ったらしく激しく泣き出したが、父がかつてない程の怒声を上げてから唇を噛んだまま。
荒れた大地の上、馬はそれでも力強く蹴る。人を蹴り殺すぐらい造作もないだろう。
人が呼んだ業は果てしなく、繰り返されるのか。


・・・俺も繰り返しているのだ、罪を・・・・・・。


街の郊外で、馬を止める。それ以上、進むこともできず、馬から降りて父はその場に留まっていた。
「あ〜、う〜」
子を降ろして周囲を眺めていると、子が抱っこしてくれとせがむ。
父に甘える子。心がある子。
秋風がその小さな背にも吹きつける。
上衣を脱いで着せてやると、きょとんとした顔で父を見る。
乏しい糧にその頬もややこけたが、子の柔らかな頬は寒さに赤くなる。

朽ちかけた民家を見つけ、その土壁に子を座らせて、父は子の両腕を掴んだ。
「いいか。父はお前を捨てる。捨てねばならぬ。でなければ・・・お前よりももっと幼い子らが死ぬのだ」
子にそんな言葉がわかるはずもなく、涙ぐんで震えながら、じっと父の顔を見ている。
「許せ・・・お前の父は非情な男だ。お前から母を取り上げて、母の心を殺してしまった」
「うぅ〜・・・」
寂しい感情がわかるのか。子には既に心があった。
「生きろ・・・璞」
父は腰にある小振りの刀の紐を解き、小さな手に握らせて立ち上がった。

・・・・・・は〜くぅ・・・・・・

「そうだ、“璞”だ。お前の名は璞だ」
そう叫びながら、駆けだしていた父。馬に飛び乗って二度と振り返らなかった父。



「璞・・・璞・・・・・・」
ぽつんとたった独り、取り残されて、幼な子はそう繰り返していた。
ぎゅっとその手に握った刀の鞘に、紅玉が光る。
持ち上げようとしても、ふらついて、ずるずると上衣も共に引きずって歩く。
しかし、振り返って、朽ちている壁をしばらく見つめ、またその壁の前に戻った。
自分を捨てた父が現れることもないというのに・・・。


「あ、あれ・・・ご主人様」
「どうした?」
「ほら、あそこ。・・・あの崩れた壁の前です」
「・・・ああ、子供か。珍しくはない。いちいち接していてはキリがない」
「ええ・・・でも、あの子、刀を持っていますよ。それに・・・」
「へえ、いい着物だな、あれ。百姓の子じゃないぞ・・・」
「ふむ・・・しかし、この飢えた時期、豪族も食うに困っている」
「何を見ているんでしょうね。先ほどから前を見たままです」
「困った者達だ・・・私達でさえあまり贅沢できぬと言うのに」

「・・・どうしたのかな?坊や。親御さんを待っているのか?」
「璞・・・」
「ん?」
「璞!璞!」
「璞? ・・・それが坊やの名前かな?」
「・・・璞・・・・・・」
「璞。その刀・・・おじさんに見せてごらん?」
「うあ!!」
「ああ、もうしないから。悪かった。だからそう怒ることはないよ」
「・・・・・・・・・・」
「お腹空いただろう?」
「・・・・・・・・・・」
「おいで。おじさんの家に行こう。お父さん、お母さんは捜してあげるから、ね?」
「・・・・・・・・・・」

「仕方ない・・・誰か、この子を連れてきなさい」
「よろしいんですか?」
「・・・たまには善意があっても良いのかもしれん」
「しかし、この子、嫌がりますよ?」
「飢え死にさせるよりいい・・・親がそう願って捨てたなら、そうすべきなのだろう」
「はぁ・・・」



・・・少年の腰には紅玉刀。
彼の名は璞。・・・李璞という。

 


暗いなぁ・・・文章のつなぎ変だなぁ。ネタバレだなぁ。しかもほとんどがオリジナル。この話どうしようか迷っていたんですけど入れました。ほぼ完成していたので手を加えてみましたが、全く納得できていません(おいおい)。もうわかる人にはわかる話になったのですが、子を捨てることは日常な世界での非情さみたいなものを書いてみたんですが。ほんとに暗いなぁ。奥さん可哀想すぎた・・・。ひょっとしたらお父さん別で話作るかもしれない(汗)。あの罪という意味はまた機会があれば。暗いんですけど。


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