碧の目


 

・・・俺もおしまいか。さっきまであんなに痛かったのに。・・・和らいできたな。
体にこう力が入らないんじゃ仕方ない。あきらめよう。そう、あきらめが肝心だ。
俺はいいことして死ねるんだ。この人生良かったな・・・
そうだろう? 無茶な坊主と引き替えだ、上等だろう。
俺は・・・あの坊主が好きだったんだ。


・・・楽だ・・・死ぬということはもっと苦しいものだと思っていたのにな・・・・・・


「死ぬなぁぁぁ−−−−−−ッッッ!!!」


・・・あ〜うるさい。人が気持ちよく死のうとしている時に怒鳴るな。

「俺がついてるからな! だから、死ぬなぁ!! 死なないでくれ−−−!!!」

・・・誰がついてるだ。俺は死ぬんだ、放っといてくれ。

「お前に死なれると、一生兄上に怒鳴られるんだ! 」
「そんなことを言っている場合かッ!! 」
「怪我人の側で声を張り上げないで下さいッ!」


・・・この声は坊主と殿と・・・医者か?・・・しかし、人が死ぬという時に、呑気だな。

「幼平・・・俺が悪かったよ。なぁ、目を開けてくれよぉ・・・」

・・・そんないじけた声を出すな・・・

「・・・痛かっただろう?」

・・・痛いってもんじゃないぞ・・・・・・あ?・・・

「・・・幼平・・・・・・」


・・・冷たいな・・・泣いているのか?・・・そうか・・・

・・・・・・坊主、泣くなよ。今、起きるから・・・・・・



案外、視界は広がって、だが、薄暗い。
外は夜らしく、灯火だけがその幕内を照らしていた。
くっついているのが孫権で、その背後には、腕を組んだ孫策が、膏の器を持っているのは軍医らしい。
「幼平?・・・起きたか!?」
「おい・・・瀕死で目を覚ました男に起きたか、はないだろう」
「・・・瀕死?・・・・・・・俺・・・」
「ああ、そうだ。お前はこの出来損ないの弟の為に、体中傷だらけになっているんだぞ」
「出来損ないは余計だよ!」
「本当のことを言って何が悪い? お前が無茶なことをするからこいつがこんな目に遭ったんだ。少しは自重することを覚えろッ」

黙ってしまった弟は、先ほどどは違った涙を見せて、唇を噛みしめる。
兄は当然とばかりにまた怒鳴りつけて、外へ出ていく。
いつもの風景。兄弟喧嘩はことのほか大声だ。
ただ違うのは、その原因が自分にあるということ。

孫策の山越討伐に随行した孫権は、防備の甘い所を急襲され、周泰のおかげで命を保つことができた。
兄の激怒は当然のことで、責任問題は大きくて、兄の元にいた周泰が気に入って部下にしてもらっていたというのに、その彼まで瀕死になって・・・
今回の討伐戦は散々な孫権だった。

「・・・ちくしょぉ〜馬鹿にして」
・・・俺の心配していたんじゃないのか?坊主。
「馬鹿兄貴、あんな大声で怒鳴ればいいってもんじゃないだろ!」
・・・いや、坊主の方が大きかったぞ。
「俺だって強いところを見せてやりたかっただけなのに」
・・・おいおい、それだけで突っ込んだのか?
「幼平がぶっ倒れさえしなかったら・・・」
・・・ちょっと待て。俺のせいか?
「でも、幼平がいてくれたから、俺は助かったんだ・・・」
・・・よせよ。・・・坊主にも可愛いところがあるんだな。

涙ぐんで、傷だらけの手を握りしめて、孫権はもうボロボロ涙をこぼしている。
よくもまぁ大粒が湧き出てくるものだと思いながら、しかし、悪くない気もする。
それから、声もろくに出せず、寝てばかりしかできない周泰を思いやって、孫権は毎日時間を作っては見舞いに訪れ、一生懸命に喋っている。
時に悪口も混ざるのだが、それは彼の日々積み重ねた出来事全てだから仕方がない。

「今日はどうだ? だいぶ動けるようになったか?」
・・・今日はどうだ?が坊主の口癖になったようだ。
「お陰様で。何とか歩けるようには・・・ 」
・・・嘘だ。足が動かせるようになっただけだ。
「本当か?歩けるのか?・・・歩いてみせてくれ!」
・・・普通、大事をとってもう少しいたわるもんじゃないか?
身に十三もの大傷を負ったとか言われているらしいが、周泰はその傷口の縫い目ごと、皮膚がひきつる違和感に耐えながら、孫権の前でゆっくり歩く。
感激している孫権の目がきらきらと輝いている。
あまりに純情で、素直に喜ばれて、周泰は黙ってはいたが照れていた。


・・・坊主。口が裂けてもこんなことは言えないがな。
その目が好きなんだよ。真っ直ぐで。
お前のその目の色、よく見ないとわからないが、薄くて碧に光る時がある。
・・・その赤黒い毛だ。いつか、「碧眼紫髭」とでも呼ばれて、勇ましい将軍になるかもしれんな。
その時まで、お前を護るのは俺だ。
なぁ、坊主・・・強くなれ。その碧の目で兄の道を・・・天下を見ろ。


感傷に浸るのも束の間、ガチャガチャと甲冑を鳴らして、周泰の同僚・蒋欽が入ってきた。
入るなり、びっくりしたようで一瞬止まっていたが、
「おい・・・何やってんだ、重傷もんが!」
「公奕。声を荒げるな・・・」
「そんな口叩いてる暇があったら、その脂汗拭えよ!」
「脂汗・・・?」
目をぱちくりさせている孫権。
「そうですよ!ほら、顔を背けてますけど・・・」
気づかなかったが、周泰の額ににじんだものが。辛そうな口元が。
「・・・そうだったのか。・・・つい」
「もう・・・貴方が言ったら何でもするんですよ、こいつは!」
「え?」
「余計なことを言うな!」
蒋欽の手を借りて横になる周泰。その目と孫権の目が合って、ぷいっとその視線を外したのは周泰。
「幼平・・・ありがとな」
そう呟いて、嬉しさについ泣き出した孫権と、それを見て慌てる周泰と蒋欽。

だが、そのすぐ後に、せっかくふさがっていた傷口がぱっくり開いたことで、彼らは(蒋欽まで)軍医にこっぴどくしかられたのであった・・・。




そして・・・建安五年(200)。
孫策は刺客の手にかかり敢えなく覇業の道を閉ざされ、孫権がそれを継ぐことになった。
泣き暮らす彼の手を無理矢理引いて軍服に着替えさせた張昭と、命じられて孫権を馬に乗せたのは周泰。
唇を噛んで、何かを睨む孫権。その目に未だ涙はにじんでいたが。
「行きましょう」
しばらく黙って見守っていた周泰が促すと、孫権は頷いて馬に鞭を入れる。
新しい主の姿を見せる為に。


・・・ここが正念場だ、坊主・・・もう坊主ではないな。
厳しい道だが、逃げるなよ。
碧眼紫髭の将軍よ。強くなれ。
俺が護ってやるから。

・・・強くなれ。その碧の目で天下を見ろ。





無理に題を考えた結果が「碧の目」って、そのまま・・・。
始めと終わりが正反対です。シリアスな終わり方するなんて思わなかった(爆)
周泰から見た孫権って可愛いのかな(?) 坊主呼ばわりするにはもう大人な孫権ですけど、周泰は孫策より年上にしているので、彼から見るとまだまだ子供です。
周泰と許チョと趙雲と、彼らって護衛役で地位よりひたすら主を護ることに生きがいを感じる人達で好きですね。でも、なぜか趙雲は傷だらけにならないイメージが・・・。
孫権が頼んで自分の部下にしたぐらいだから、周泰の存在って孫権にはかけがえのないものだったと思ってます。しかし、孫権・・・泣き虫だ(汗)

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