怨恨の地 十四、光と影

 
「仲康・・・この者、殺しますか?」
長剣を少し引き抜いている男が言った。
「お前の判断に任せているようだな・・・」
双刀の一振りを、大男の肩に乗る少年に突きつけた男が代わりに答えた。

長剣を握る手に力が入る。
睨みつける眼が光った程度で、男の顔は無表情に近い。
双刀の男も、殺すと言われても何の反応も示していない。


・・・それは、夕闇の迫った時刻。
市が慌ただしく片付けられていく最中のこと。


「子実。下がっていろ」
強ばっている李璞の足をしっかり握っている許チョが、長剣を握る男に言った。
「仲康に刃を向けている以上、見逃すわけにはいきません」
子実・・・雷真が首を振る。ちょうど三十歳、許チョの従妹(父妹の子)の婿である。
「・・・向けられているのは、俺じゃない」
「ならば、なおさらのこと。弱き子を人質にするなど、もってのほか・・・」
言葉一つ一つに力を入れて、雷真が一歩踏み出す。
「子実。いいから下がれ」
許チョの声が止める。唇を噛んでその一歩を引き戻す雷真。
張誠が右に許チョを見、左に雷真を見る。
「子実さんよ、あんたの狭っ苦しい正義で斬られるのは御免だぜ。・・・さっきから話がしたいって言ってるだろ。・・・はなから、坊やを殺す気はねえ」

李璞が恐る恐る振り返る。
ぐるぐると冷や汗ながらに一生懸命想像していた、怖い顔が無かったので驚いた。
「・・・脅して悪かったが・・・やってもない罪で追われるってのも腹が立つぜ?」
刀が鞘に入った。李璞は肩から降りて、許チョの胸元に抱きかかえられるようにくっついている。
「やはり李岱か・・・」
「誰でもわかるだろ・・・? な、坊やには気の毒な話だが、ほんとの事だから勘弁しろよ」
「わ・・・わかっています」
「・・・あんな父親を持ったお前も不憫だけどな」
「・・・・・・・・・・」
“耳”を持つばかりに、聞きたくない言葉まで聞こえてくる時がある。光と影、映るモノが違うのは、ただ、その光の有無だけなのか。

「・・・俺に話があるんじゃなかったのか?」
李璞を下ろしながら、許チョが言う。李璞は彼の上衣の裾をしっかり握ったまま。
「まぁ・・・急ぎじゃねえけどな」
「今のうちに言っておいてもらった方が俺は気が楽だ・・・」
「言ってもいいが・・・」
張誠が眼の端に雷真を見る。雷真がさらに眼を細めた。依然、柄にある手。抜剣の早さでは随一と言われている。
「あれに殺されそうだからな・・・人を殺すことにかけては早そうだ」
「・・・お前の言葉一つだ」
雷真が独り言のように言った。

「わかった・・・璞、子実、離れていろ」
「いや・・・坊やは証人としてここにいてくれ」
李璞が不安げに許チョを見上げた。大きな手が頭を掴むように乗せられる。
「・・・私も離れるわけにはいきません」
雷真が食い下がる。
「伯恂殿(許定)に、あなたの護りを託されています。離れるわけにはいきません」
「困るな・・・あんたはダメだ」
張誠も再度刀に手をやり、雷真の殺意が増幅される。
「子実、下がれ!」
許チョが抑えた怒鳴り声を出し、雷真は渋々、
「では・・・五歩(約575cm)下がります」
と言ったが、許チョが首を振ったので仕方なく十歩(約1150cm)下がっていった。

眉間に深く皺を寄せている雷真を見ながら、張誠が肩をすくめる。
「えらく嫌われたもんだぜ・・・バカ正直に十歩分だけしっかり下がりやがって・・・」
「あれが子実のいいところだ」
「堅苦しい忠義者抱えると大変だな・・・」
「いや、子実の忠義は、定にだけだ・・・、俺はそのついでだ」
「ほぉ・・・」
張誠は鼻で笑った。
「・・・おかしいか?」
からかわれたような気がして、許チョが尋ねる。
「いや、部下には不自由してないだろって思ってからな・・・」
「あんたの方が扱いには慣れているだろう」
「俺か? いやいや、お前の規模に比べたら可愛いもんさ・・・」
「・・・規模?」
「そう、お前は名目上、許忠の息子ってのがあるだろ? 現に葛陂の奴らが来たときも、一族や邑の者達が何千もお前を中心にして戦ったぐらいだ・・・」
「それは・・・[言焦]が生き残りを賭けていたからだ。でなければ、俺は見捨てられただろう・・・」
「さて、それはどうかな・・・坊や、お前は?」
「え・・・・・・?」
ふいに問いかけられて、李璞が戸惑っている。

「もし・・・、この許仲康が、俺のような汚い事でも平気でやるただの雇われ者だったとしたら、お前はどうする? そんな人間尊敬しようが無いだろう?」
「・・・・・・・・・わかりません」
「いいや、わかっているはずだ。幼いからってのは通用しねえ。あの守銭奴の仮にも息子ならわかるはずだ。・・・ お前が尊敬する許仲康という人間は、[言焦]を護る男だから、尊敬出来るんだろ?」
李璞が顔を真っ赤にし、泣きそうになった。
「・・・子供相手に何をムキになっている」
張誠の言いたい事がわからず、許チョも苛つき始めている。
「子供だから、好き嫌いがはっきり出るんだ。・・・そして、わけもわからないままに、すぐに信じる。自分だけの“英雄”を作りたがる・・・困っているのは、仲康、お前の方だろ?」
張誠は、黙る許チョの顔から、何かを感じ取とり、わずかに口を緩ませた。

 

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