怨恨の地 十一、隔たり

 
曹仁の言葉の意味がわからない。
久しぶりに再会して、必要だと言われても、許チョは年月の隔たりを感じずにいられなかった。
「あんた・・・、俺に何をさせたいんだ?」
どうしても聞かずにはいられない。
「いや、裏はないぞ。俺とお前が組んだら呂布の奴らに少しは対抗できるだろうと思ってな」
「・・・・・・・・・・」
「呂布の騎馬隊は、董卓の元にいた時から、天下最強と言われていた。・・・悔しいが、まともに対抗できたのは、今は死んだが、長沙太守だった孫堅ぐらいだ」
・・・孫文台。反董卓連合で、唯一董卓や呂布を苦戦しながらも真っ向から対戦、撃退し、[各隹]陽まで進撃した猛者。おととしの暮れ、荊州で戦死したと聞く。
「・・・流れ流れて、呂布も部下の数を減らしたが、[亠兌]州にどっかり座り込んだせいで、散った者達も戻ってきているらしいからな・・・」
「待ってくれ。仁兄、今さら俺があんたと一緒に戦って、この戦況が変わることはないだろう・・・」
「そう思うか?」
「・・・一体、何を考えているんだ?」
「だから、何も考えていないと言ってるだろう。俺はお前と一緒にいる方が心強いと思っただけだ。それに・・・」

「お前は俺の行動も癖もよく知っている。思うように兵を動かすには、腕がいい、頭がいいだけではダメだ。将と兵とその間を結ぶ奴が必要だ」
「それが俺か?」
「理解が早いな、虎痴」
「・・・あんたの騎馬隊は強いと聞いている。今のあんたに、俺は必要ない。・・・持ってくるものは持ってきたんだ。[言焦]に帰らせてもらう」
「まったく、昔から自己都合主義だな」
飛んできた言葉に、つい、許チョはカッとなった。
「それはあんたの方だろう。俺をこんなところまで呼びだしたんだからな。ぬけぬけとやってきたのは俺だが・・・、こんな姑息やり方で俺を呼ぶ必要はないだろう」
「・・・ぬけぬけ、とねえ・・・喜んでやってきたんじゃないのか?」
心の臓に針が刺さったように、許チョが止まった。
「虎痴。・・・お前の顔、その眼、昔とちっとも変わってないな・・・、孟徳のおっさんに会ってみたいんだろう?」
見抜かれている、と思った。


曹操の旗揚げ以来、一族の本拠地であり故郷の[言焦]は手薄だった。
曹仁はそれに従って、その戦の先兵となって働くことを決め、彼も信頼できる仲間も連れて[言焦]を後にした。
ごっそりと若者が減り、豪族の地と名を売っていたのと、まだ土地も荒らされていなかったところを付け込まれ、賊の好奇の眼を呼んだ。
許チョは残った。半ば強制的に留まった。残った彼は否応なしに[言焦]を護らねばならなくなった。
「後は頼む」
たった一言が、どれだけの重みを含んでいたか。それを放った者は、それを知っていたのだろうか?
豪族の私兵は正規の官兵に次ぐ名誉を得るだろう。が、侠徒で作り上げた私兵にはそれほどの名誉は与えられない。[言焦]の民は賛同してくれるが、名誉重視の公は、名がある者のみを尊ぶ、窮地を脱すれば、賤の者だと呼ぶ。
自分はまだ豪族のはしくれに生まれたから良かったのだろうが・・・。

久しぶりに出会った男は、今さら・・・[言焦]を出ろと言う。
身勝手だ、と叫びたかった。
なのに・・・、本当は表に出たいと願い、ひた隠しにして[言焦]を護る事を第一としてきた日々をつまらなく感じていた自分がいる。
無理矢理、曹仁について行けば良かったと後悔していた。

曹仁が従う、曹操に会ってみたい。
そう、彼に会って、天下の英雄という者がどんな者か、知りたい。
自分もこの乱れた世に、漢として名をあげてみたいとも願っていた。
曹操と会えれば、それがかなうのだろうか?
・・・曹操を殺してやりたいと思ったのは、ただの嫉妬か、己の腹立たしさか。ただの徐州帰りの者に見せた偽善の仮面だったのか?
もうそんな事はどうでも良くなりつつある。
所詮、自分本位の生き物の一人である・・・。


「否定しないところを見ると、当たったかな?」
「・・・俺もあんたに嘘は付けないらしいな」
曹仁の追及の眼が痛かった。
「お互い、昔馴染みというのは苦労するもんだな」
やっと二人は笑い出す。
「仁兄。あんたが甘んじて従っているぐらいだから、曹操という男は、相当変わった男なんだろうな・・・」
「ああ、偏屈なおっさんだよ・・・。あんなちっぽけなおっさんに使われてると思うと腹が立ってくる時もあるがな」
喜々とした曹仁の顔。
曹操との出来事を思い出して笑っている彼の様子に、許チョは羨ましいと感じていた。
頭として立つ事を全てだと思っていた男が、今は人の下に付いている。昔は族兄の名も彼にとっては関係なかったはず。彼と対立した事など幾度あった事か・・・。
・・・曹操が、この男を変えた一つの原因であることは間違いない。

「それはそうと・・・お前が抜けて[言焦]は大丈夫なのか?」
曹仁が難しい顔で物思いに入った許チョに尋ねた。
「定がいる」
許定、字は伯恂。許チョの実兄。
「定? ああ、それも懐かしい名前になってしまったな。・・・伯恂、弓矢の腕上がったか?」
大柄な許家の嫡男に生まれたが、兄の許定は争い事をあまり好まず、学者肌なところがある。亡くなった父の忠からして穏やかな性格で、よくもめた覚えがある。
「何とも・・・」
渋い顔の許チョの返事に、曹仁はうんうんとうなずいた。許定の弓の扱いがあまりにも下手だったので、二人がかりで教えた事がある。
「だろうな。しかし、あんな生真面目男に任せてきたとは・・・、あいつがよく承知したものだな」
「事が事だからな。・・・あんたの事も心配してたよ」
「それはそれは有り難い。伯恂様様だな」
許チョの眼にも、仲が良かったようには見えない同い年の学友。しかし、そのおかげで曹仁と知り合ったのだが。

曹仁は話は決まったと思い込んだのか、
「とにかく、おっさんの本隊が着くのに、まだ二、三日はかかるだろうからな・・・。せっかくの厚意は受け取っておこうか」
と言って、黙って控えていた李岱に声をかけて、一言二言かわしていた。
何を喋っていたのか少し気になったが、気になったところでどうしようもない、と許チョは自分の馬に乗った。
誰もが様々な眼を向けてくるのを感じた。
それを避けたくなって、
「璞。何をぼうっとしている。・・・ケン城へ行くぞ」
許チョはわざと李璞に言った。
「はい」
と、李璞はいつもの通り嬉しそうに返事をした。
・・・その眼は、この商隊の中で唯一、許チョと隔たりの無い眼だった。

 

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