怨恨の地 八、戦

 
曹操の軍勢は暴風の勢いで、徐州を攪乱し首都機能を壊滅寸前まで追い込み、そして、姿を消した。
主力を率いていっただけに、[亠兌]州の防備は薄かった。
さらに曹操の演じた虐殺劇は、君臣の情をも薄くして、曹操その人に州が反旗を掲げたのである。
曹操は帰還するやいなや、逆臣となった者らの主に収まった呂布征伐に出る。


[言焦]県は曹一族の縁がある。
莫大な財貨、物資はたちまちのうちに、曹操の元へ運ばれる。
だが、呂布以下の[亠兌]州軍に阻まれ、略奪の憂き目に遭うのは確かである。
かといって、わずかに残った三県の根城しかない曹軍に戦に備える蓄えなどない。
徐州から舞い戻った遠征軍の兵糧さえままならない有様である。
まして、味方だった部下同士、兵同士、民同士が戦わなければならない現状。徐州の惨劇とその遠征での疲労の上、兵の士気を上げるは難しい。


豪商・李岱は悩んだ末に、曹操を助けることにした。
一か八かの賭けに出る。無論、勝てば、曹家に深く取り入ることができる。
負ければ、曹一族と共に追われるはめに陥るだろう。
しかし、李岱は曹操の存在というものに強く惹かれていた。
言葉では表現できない、小柄な体内に宿す強烈な個性。
賭けてみる価値をそこに見いだすのである。

「・・・わかった」
李岱の要請に、ただ一言、許ネ者はそう答えた。
曹操に一方的に加担する理由を聞くこともなく、彼は不満げな者や賛成派の部下らをまとめて李岱や曹操に味方する者達に力を貸すことにした。

黙々と、許ネ者はやるべきことをやっている。
・・・とは思えない少年がいる。
李璞は往来する荷車、人手を見つめている許ネ者の横に立った。
しばらく、言葉を発せず、そのまま同じように往来を眺めていた。

「何か用か?」
許ネ者がいつものようにぶっきらぼうな声で尋ねる。
「・・・曹操を助けるのですね」
どちらも互いを見ることはない。

「そういうことになるな」
「虐殺で大勢の罪なき人達が死にました」
「ああ」
「それを命じた曹操を助けなければならないのですか?」
「・・・きれい事ばかりで生きていけるほど、戦は甘くない」
「“戦”・・・いつも仲康様は“戦”で片づけます」

「“戦”は“戦”だ。死体が転がっている場所だけが“戦”じゃない」
「でも・・・犠牲になった人はその“戦”に巻き込まれた人です」
「お前は“戦”を知らない。人と人とが殺し合うことが“戦”の基本だ」
「・・・・・・・・・・」
「確かに“戦”は人を殺さない方法も持っている。だが、今、人が殺し合う状況で、殺さずに済むことなどない」

「お前にはまだ難しいかもしれんな」
「はい・・・」
「人を一人殺せば、“戦”の始まりだ。“戦”こそが虐殺に変わりない」
「・・・仲康様はなぜ、“戦”をするのですか?」

李璞の問いに、許ネ者はすぐに答えることができなかった。
−なぜ、俺は“戦”をするのか?
許ネ者は自分を作り上げてきた根本的な疑問を、与えられて戸惑っていた。
−俺は何の為に在る?

「わからん」
と、しばらくして、許ネ者は言った。
「・・・仲康様がわからないのなら、私にもわかりません」
李璞はうつむく。何らかの答えを期待していたのである。

「お前は“戦”を見たことがあるか?」
「いえ・・・処刑されところを見たぐらいしか・・・」
「なら、来い」
「え・・・?」

きょとんと見上げた少年に、許ネ者は久々に笑って言った。
「“戦”を見せてやる」
李璞は肩に乗せられた大きな手の重みとぬくもりを感じていた。
「俺の“戦”はこれからだ・・・」
心強く聞こえるいつもの声に、李璞もまた力強くうなずいた。

 

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