小王(二)

 

「ふわぁ〜・・・今日は非番だからもう少し寝とこう」
とか何とか言って、ぼんやり目を覚ました許ネ者は、用を足すとまた寝床に転がってしまった。
使用人も久々の彼の休暇なので、放っておいてある。
腹が減ったら自分から呼ぶだろう。
その程度の気遣いしかない。楽なご主人様である。

城内で次々に起こっている騒動は、まだここまで届いていない。
ぽか〜んと口を開けて、寝息をたて始める許ネ者。
曹丕が彼を捜し回っているなど、知るはずもなく、のんびりと休暇を楽しむだけである。
と言っても、睡眠不足解消に終わりそうだが・・・。


一方、曹丕はと言うと、もぐもぐと口を頬張りながら、歩いている。
中身は、先ほど荀攸から分けてもらった饅頭である。
「お茶・・・欲しいなぁ」
すっかり甘くなった口の中には、やや苦味があるお茶がいい。
そういうところは、荀攸に似ている彼である。

「お、丕ではないか・・・」
「父上・・・あれ」
いつの間にか、曹操の仕事場の横を歩いていたようである。
「何を食べておる?」
丁度、書類にも飽きてきた頃だったので、曹操は子供の口の中に興味がいった。

「饅頭です。・・・はい」
曹丕は懐から紙に包んだ饅頭を取り出した。
「おお・・・甘い物が欲しかったところだ。有り難いのう」
てくてく歩いて持ってきてくれた饅頭を、曹操は早速開いた。

「父上?」
口に饅頭を加えたまま、曹操の動きがぴたっと止まる。
「何じゃ?」
「今日の父上・・・変です」
首をかしげた曹丕と目が合った。
「え・・・そ、そうか? いや、別に普通だと思うが」
「絶対変ですッ」

まじまじと、少年は父親の顔を見つめてる。
策略に長けた曹操と言えども、純粋なそれも血のつながる子には適わない。
・・・するどい奴だ。
夏侯惇から、曹丕が落ち込んでいることを聞き、父親なりに彼との接触を図ろうとしたものの、子供の感覚は鋭かった。

「父上、お願いがあるのですが・・・」
上目遣いに、もじもじと話し出した我が子に、ややほっとしながら、
「・・・ああ、言ってみなさい」
とその言葉を待ってみる。
「じゃあ・・・お茶頂きます」
「は?」

曹操が返事をする間もなく、曹丕は父親の手から湯呑みを取って、一気にお茶を飲む。
そして、
「はぁ〜落ち着いた・・・・・・ご馳走様でした、父上ッ!!」
と大きな声で言って、湯呑みを机に置いてペコリと一礼する。
「・・・ま、満足したか」
さすがに曹操も、子どもの予期せぬ行動に茫然としている。
「はいッ!!」
にっこり笑顔を見せて、先ほどとは違って元気な顔になった我が子は全速力で駆けだしていった。

「・・・一体、誰に似たものか」
我が子にしてやられた曹操は、そう独り言をつぶやいたが、
周囲の側近らは顔を見合わせて笑っていた。
・・・孟徳、お前だ。と、言ってくれる人物はいなかったが・・・。


父親から別れて、数十歩、さっきも会った典韋が声をかけた。
「ぼっちゃん、何かお探し物ですかい?」
「その“ぼっちゃん”やめろよ」
「ああ、すんません。もう癖になっちまって・・・」
「まったくぅ・・・」
ぷくゥ・・・っとふくれた曹丕の顔に、典韋は笑ってごまかす。

「あのさぁ〜・・・虎痴知らない?さっきから探してるんだけど、いないんだ」
「あ?教えてくれなかったんですか?」
「え?何?」
「あいつ、今日非番で・・・今頃、家で寝てんじゃないですかね?」
「えぇ〜。何で早く言ってくれなかったんだよ!?」
「いや・・・・・・・・・あのぉ、聞かれなかったもんで」
ふくれた顔で、可愛らしく睨まれて、典韋は答えに困って頭を掻いている。
典韋から見れば八つ当たりもいいところだが、睨めっこみたいで曹丕は可愛いものである。

「あ〜あ、あんなに探し回ったのにぃぃぃーーー!!!」
大声出して、拳を振りまわして、ちょっとしてから気が済んだのか、曹丕は言った。
「虎痴、起こしてやるッ!!」
「え、あ、あ・・・ぼっちゃん!?・・・・・・・・・・ああ、行っちまったよ、しゃあねえな。おい、お前、ぼっちゃんのお供だ。後、誰か何人か、ついてけ・・・くれぐれもお怪我だけはさせんなよッ。あとは・・・あ、仲康の奴、叩き起こして、ぼっちゃんをお守りするように言っとけッ!!!」

焦る典韋に吠えられて、彼の後ろに並んでいた部下達は、めいめい困惑した顔で、バタバタと走り去っていく。

・・・そして、曹丕はやや小柄な馬に飛び乗った。

 

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